大判例

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横浜地方裁判所 昭和51年(ワ)561号 判決

原告番号1

第一事件原告

関野由美子

外一二九名

右原告ら訴訟代理人

山本博

外八名

第一、第二事件被告

株式会社横浜銀行

右代表者

吉國二郎

右訴訟代理人

小川善吉

外二名

第一、第二事件被告

城堀簡易水道組合

右代表者

山本明

右訴訟代理人

池田輝孝

外一名

第一、第二事件被告株式会社横浜銀行補助参加人

株式会社竹中工務店

右代表者

竹中錬一

右訴訟代理人

我妻源二郎

外四名

主文

一  第一事件被告城堀簡易水道組合は、別紙「認容金額一覧表」記載の同事件原告らに対し、各原告に対応する「認容金額」欄記載の金員及びこのうち、「弁護士費用以外の部分」欄記載の金員に対する昭和五一年六月九日から、「弁護士費用」欄記載の金員に対する本件判決確定の日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  右原告らの右被告に対するその余の請求を棄却する。

三  第二事件原告らの右被告に対する請求を棄却する。

四  第一、第二事件原告らの同事件株式会社横浜銀行に対する請求を棄却する。

五  別紙「認容金額一覧表」記載の第一事件原告らと第一事件被告城堀簡易水道組合との間に生じた訴訟費用は右被告の、第二事件原告らと第二事件被告城堀簡易水道組合との間に生じた訴訟費用は右原告らの、第一、第二事件原告らと同事件被告株式会社横浜銀行との間に生じた訴訟費用、補助参加によつて生じた費用は右原告らの負担とする。

六  本判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一請求原因1(一)の事実〈編注―原告らが神奈川県下に居住する住民であることなど〉については、第一、第二事件原告らと被告水道組合との間において、争いがなく、右原告らと被告銀行との間においては、〈証拠〉によれば次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

第一、第二事件原告らのうち後記腸チフスの集団発生当時、神奈川県足柄下郡湯河原町土肥地区に居住していた者は、原告番号1ないし22、同74ないし77、同82ないし86、同91、同96ないし99、同106ないし117、同120ないし126の原告らであり、同町城堀地区に居住していた者は原告番号23ないし73、同78ないし81、同87ないし89、同92ないし95、同100ないし105、同118、119の原告らであつた。そして、第一、第二事件原告らのうち原告番号13ないし17、同127ないし130の原告らは同町宮下地区に居住していたが、宮下地区は土肥、城堀地区に隣接していたし、右原告らの居住場所は宮下地区の中でも最も土肥、城堀地区に近い所であつた。また、原告番号90の原告は後記埋由七、2、(二)、(1)記載の者で湯河原町とは同所記載のとおりの関連を有する者であつた。

二同1(二)の事実〈編注―横浜銀行が湯河原寮を設置・所有していること〉については、第一、第二事件原告らと同事件被告らとの間に争いがない。

三同1(三)の事実〈編注―被告城堀簡易水道組合が簡易水道事業を行う法人格なき社団であること〉については、第一、第二事件原告らと被告水道組合との間において争いがなく、右原告らと被告銀行との間においても被告水道組合が法人格なき社団であるか否かを除き争いがない。そこで右の点を判断するに、〈証拠〉によれば次の事実が認められこれに反する証拠はない。

被告水道組合は、神奈川県足柄下郡湯河原町城堀地区に居住する住民に日常生活に必要な水を供給することを目的として右城堀地区の住民により組織された団体であつた。しだいに、規模を拡大し、昭和三八年一〇月二三日には水道法による県知事の認可を受けて水道事業、水道給水事業を行い、その給水区域は後記腸チフスの集団発生当時、右地区のほか同町土肥地区のうち一丁目及び二丁目の一部、同町門川地区のうち同町城堀地区内の飛地尾崎及び御庭の全部、同町宮下地区の一部に及んでいた。右水道組合は、その水道施設により水道水の供給を受けているものを組合員とし、組合員が給水区域外に転出すると組合員の資格を失い、他の者が給水区域内に転入して給水を受けると組合員の資格を取得し、このような組合員の変更があつても右水道組合は存続し水道事業、水道給水事業を続けていた。右水道組合は各組合員から水道料金を徴収し、水道事業、水道給水事業に資し、財産としては水道施設等を所有していたし、役員として、執行機関である代表者組合長、組合長の代理者(副組合長)理事、財産及び業務執行についての監査機関である監事等を置き、役員の選出(多数決による)、業務執行についての多数決による意思決定機関である理事会、右水道組合の基本的事項につき多数決による意思決定機関である組合員総会が設置され、それらの運営、財産の管理、事業の内容等について定めた規約を有し、その規約は書面化されていた。

以上によれば被告水道組合は、独立の存在を有する権利能力なき社団としての実体を有していたものというべきである。

四同2(一)の事実〈編注―腸チフス患者の発生・入院〉については、第一、第二事件原告らと被告水道組合との間において争いがなく、右原告らと被告銀行との間においては、右事実中真性腸チフス患者が一一〇名余発生したことは争いがない。そこで、右原告らと被告銀行との間において、その余の事実を判断するに〈証拠〉によれば、次の事実が認められ、これを覆えすに足る証拠はない。

昭和五〇年二月下旬ころから湯河原町でインフルエンザ様疾患が発生し、その治療のため抗生物質等を投与しても下熱せず、各関係医療機関は、その治療に苦慮していた。同年三月一三日国立熱海病院に入院中の湯河原町土肥三丁目五番一〇号居住の原告番号126番の原告から腸チフス菌が検出され、以後同年七月二日までの間に腸チフス患者が次々と発見された。腸チフス患者であるとして入院させられた者の総数は一一四名にのぼつたが、このうち二名はのちに腸チフス患者ではないと判断され、最終的に真性腸チフス患者と認定された者は一一二名でありこのうち腸チフス菌が検出されたものは一〇五名であつた。また、この他に疑わしい症状を有する者が八名いたがそのうち腸チフスに罹患していたであろうと考えられる者は七名で他の一名は腸チフスか否か最後まで判定できなかつた者である。湯河原町略図は別紙図1〈省略〉のとおりであるが、右真性腸チフス患者及び擬似腸チフス患者を居住地別に分けると次のとおりである。

腸チフス患者

居住地

真性腸チフス

患者数

擬似腸チフス

患者数

湯河原町 城堀地区

五一名

二名

同町土肥地区

五二名

五名

〃 吉浜地区

一名

〃 門川地区

一名

〃 鍛治屋地区

一名

〃 宮下地区

二名

〃 宮上地区

一名

〃 福浦地区

一名

東京都

一名

横浜市

一名

小田原市

一名

右腸チフス患者であるとされた一一四名の者は伝染病予防法に基づき横浜万治病院ほか一三の医療機関の隔離病棟に収容され治療を受けたが、右の者のうち結果的に腸チフスでなかつた二名の者については、それが判明した時点で退院し、その余の者は腸チフスの病状がなくなつた後も、七日から一〇日の間引続き治療を受け、その後神奈川県防疫対策本部がもうけた三回の検便及び可能な者については胆汁の菌培養を行い、その結果菌が検出されない場合隔離解除するという基準に従い、それぞれ右検査を行い菌陰性であつた者から順に退院した。

そして、右真性腸チフス患者と認定された一一二名のうち、一旦退院後二五名の者が再び腸チフス菌が検出され、一名の者が腸チフスの症状があり臨床により腸チフスが再燃したものと判定され、合計二六名の者が横浜万治病院ほか二つの医療機関の隔離病棟に再収容され、治療を受け、治療後、胆汁の検査を実施し、菌が検出されないことが確認された後隔離を解除された。また、右再収容された二六名の者のうち一人はさらに秦野日赤病院に再々収容され治療を受けた。

真性腸チフス患者一一二名のうち第一回目の隔離入院期間が最も短かつた者の同入院期間は一五日で、最も長かつた者の同入院期間は五九日であり、再隔離入院した者二六名のうち同入院期間が最も短かつた者の同入院期間は、一六日で、最も長かつた者の同入院期間は七五日であり、再々入院した者の同入院期間は一六日であつた。そして、第一回入院、再入院、再々入院を通じて最も入院期間の長かつた者の入院期間は一一四日であつた。

なお、前掲各証拠中には、入院患者は一一一名で疑わしい症状を有する者として最後まで残つた者は一三名であつた旨の記載、または、供述部分があり一見前記認定と矛盾するかのようである。しかしながら、右各証拠を子細に検討すると右一一一名の者のうち二名の者は一人が七日間、他の一人が八日間の隔離入院の後転症として隔離解除されており、その後再収容されたことはなかつたし、右隔離入院中及び、その後においても一度も腸チフス菌が検出されておらず、腸チフスに罹患していたものとすることはできない。右一一一名のうち他に一名の者が隔離入院期間一七日で転症となつた者がいたが、右の者は腸チフス菌こそ検出されなかつたが、前記本件腸チフスの集団発生において再々収容までなされた唯一の者であつてこの者は腸チフスに罹患していたものと判断される。また、右一一一名の者の中には後記理由七、2、(二)記載の本件腸チフスの集団発生に関連があると考えられる原告番号90の原告井上芳美、藤倉清貴、綿貫新吾の三名の者は除かれており、右一一一名の者から腸チフスに罹患していたとは認定できない二名の者を除き、右三名の者を加えると腸チフス患者の数は一一二名となる。そしてまた、疑わしき症状を有する者として最後まで残つた一三名の者のうち五名の者はその臨床状態から結局腸チフスには罹患していなかつたものと判定されている。

したがつて、前記各証拠の記載または供述部分と、前記認定とは何ら矛盾するものではない。

五1  同2(二)の事実中、第一事件原告らが腸チフスに罹患し、隔離入院させられたことは、第一、第二事件原告らと被告水道組合との間に争いがない。そこで右当事者間において、その余の事実を判断するに、〈証拠〉によれば次の事実を認定でき、これを覆えすに足りる証拠はない。

第一事件原告らは、いずれも前記四判示の腸チフスの集団発生において、腸チフスに罹患したものであつたが、別紙「第一事件原告ら認定入院、退院状況一覧表」の「腸チフス罹患診定事由」覧記載の事由により腸チフスに罹患していると判断され、保健婦により各患者の病歴等がくわしく聴取され、それを元に各患者の発病日が判定された。第一事件原告らの右によつて判定された推定発病日は同表「推定発病日」覧記載のとおりである。右推定発病日後、第一事件原告らのうち、同表「通院」覧に記載の有るものは同覧中「通院日及病院名」覧記載の通院日に同覧記載の病院に通院し、その時の症状は、同表「通院」覧中の「症状」覧記載のとおりであつた。また、第一事件原告らのうち、同表「通常入院」覧に記載の有るものは同覧中「入院期間及病院名」覧記載の病院に同覧記載の期間入院し、その時の症状は同表「通常入院」覧中「症状」覧記載のとおりであつた。第一事件原告らは腸チフスに罹患していると判断されると伝染病予防法の適用を受け隔離入院させられたが、その病院、期間、隔離入院中の症状は同表「隔離入院」覧記載のとおりである。また、第一事件原告らのうち、同表「再隔離入院」覧に記載のあるものは、一旦隔離入院を終了し退院した後、再び腸チフス菌が検出され隔離入院させられたものであつてその病院名、入院期間、症状は同覧に記載のとおりである。

2  同2(二)の事実について第一、第二事件原告らと被告銀行との間において判断するに〈証拠〉によれば次の事実を認定でき、これを覆えすに足りる証拠はない。

原告番号69秋山理恵子を除くその余の第一事件原告らについては、第一、第二事件原告らと、被告水道組合との間で認定したと同一事実を認定することができる。

右秋山理恵子については、昭和五〇年三月一〇日ごろから、三八ないし四〇度の発熱、及び下痢症状があり、同月一一日大橋医院に通院し、同月一九日には臨床状況により腸チフスに罹患しているものとして同日から裾野日赤病院に隔離入院させられたが、入院中、敗血症腺窩性アンギーナ兼急性湿疹と診断され、同月二六日隔離解除されたものであり、隔離入院期間は八日間で腸チフス菌は一度も検出されていない。また、その後に再び収容されたこともなかつた。したがつて、腸チフスに罹患していたものとすることはできず、似た症状を呈していたため、腸チフスに罹患しているのではないかと疑われ隔離入院させられたものというべきである。

六同2(三)の事実〈編注―腸チフス患者と原告らとの身分関係〉は第一、第二事件原告らと被告水道組合との間において争いがなく、右原告らと被告銀行との間においては〈証拠〉によつて右事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

七そこで本件腸チフスの集団発生の原因、感染源、感染経路、について判断する。

第一、第二事件原告らと被告水道組合との間において請求原因3の事実中同(一)の事実、同(二)の事実中湯河原寮の排水管の存在地点の地表面がコンクリートで舗装されていたことは右当事者間に争いがない。

第一、第二事件原告らと被告銀行との間において請求原因3、被告銀行及び補助参加人の主張1、同2(一)の各事実中、腸チフスが一般論として人を感染源とし保菌者か罹患者が排出した腸チフス菌を直接摂取するか、菌に汚染された食品、または、飲料水を摂取することによるものであること、城堀簡易水道は国鉄新幹線城堀隧道に水源を有していること、この水源には二つのものがあり、それに対応し給水経路も二つあること、一つは本管と呼ばれ、右隧道の外側を流れる地下水で、右隧道の底の外側に設けられた集水施設に流入する水が水源となつているものであること、右集水施設に集められた水は導水管により右隧道の横坑出口まで導かれ、そこから更に地下に埋設された導入管により本件配水池に送られていたこと、他の一つは余水と呼ばれ、右隧道内に湧出する地下水が水源となつているものであること、右地下水は右隧道の中央部にある通路の下に設けられた水路を通つて隧道外に排出されるが、その一部を水路の途中に設けた取水口から横坑出口まで導いていたこと、横坑出口のわきには余水を宮下簡易水道組合と、被告水道組合に分ける分水囲が設置され余水が右分水囲を経由していたこと、余水は右分水囲から地下に埋設された導水管により本件溜枡に一旦導かれていたこと、右溜枡からは町道山口線の側溝に沿つて地上に設置されたビニールパイプの導水管により本件配水池に送られていたこと、右ビニールパイプの導水管は右側溝内に垂れ下つた部分があつたこと、また、右導水管に五ないし一〇ミリメートルの穴が開いている部分があつたこと、本件配水池は山側と海側の二つの水槽に分かれていたこと、本管の水は二つの水槽の双方に、余水は海側の水槽のみに導かれていたこと、右配水池に流入する水の滅菌構造は山側の水槽に滅菌装置を、二つの水槽間には開閉装置を設け、滅菌装置を動かせ、二つの水槽間を開くと水の流通により海側の水槽の水も滅菌されるというものであつたこと、本件配水池の二つの水槽から水道管により導き出された水は合流後自然流下で国鉄東海道線南側の腸チフス集団発生地域である神奈川県足柄下郡湯河原町城堀地区、同町土肥地区の一部及び同町門川地区の一部の住民に給水されるほか、配水池の水の一部は山側の水槽からポンプ揚水により他の配水池に導かれ、そこから国鉄東海道線湯河原駅の北側の高台に居住する住民に給水されていたこと、被告銀行は本件溜枡の北側に昭和四五年七月二〇日湯河原寮を建設し、その際付帯工事として右寮の便所の浄化槽、台所、洗面所、洗濯場、風呂場から出る汚水を町道山口線の側溝に排出するため排水施設設置工事を行つたこと、その工事の内容は、湯河原寮のすぐ近くに同寮の便所の浄化槽から流れ出す汚水と、台所、洗面所、洗濯場、風呂場等から出る汚水が合流する最終枡を設置し、右枡から町道山口線の側溝まで、その間にある道路を掘削し、かつ側溝の外壁部分を削り排水管を設置した後、右掘削部分を埋戻し、右側溝を元通り直すというものであつたこと、右工事を行つたものが請負人株式会社竹中工務店の下請の者であり、右の者は排水管を本件溜枡の上を通過させ、右側溝の一部を破壊して設置したこと、排水管を設置した後その上部地表面をコンクリートで舗装したこと、昭和五〇年三月一九日、本件溜枡部分が掘削、調査され、その際右溜枡の上蓋に穴が開いていたこと、湯河原寮に同年二月一二、一三日の両日宿泊した綿貫新吾が帰宅後腸チフスに罹患したこと、本件腸チフスの集団発生当時、本件配水池の滅菌装置が作動していたが海側と、山側の二つの水槽間が閉じられていたため山側の水槽に施こされていた滅菌の効果が海側の水槽の水には及んでおらず滅菌されない水が給水されていたことは右当事者間に争いがない。

第一、第二事件原告らと被告水道組合との間においては前記右当事者間に争いのない事実、〈証拠〉によれば、次の事実が認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。

1 前記理由四で判示した本件腸チフスの集団発生に関連があると考えられる腸チフス患者の住居地は、その大部分が城堀簡易水道の給水地域に集中しており、湯河原町には七つの水道事業体が八つの水道施設を設置しているが、被告水道組合以外の水道施設の給水区域では集団発生は起こつていない。また、城堀簡易水道の本件配水池からの給水経路は、自然流下によるものと、本件配水池の山側の水槽からポンプにより三〇〇立方メートルの配水池まで揚水し、そこで他の水源からの水と合わせて、自然流下により給水するものとの二つがあるが、自然流下による給水区域(国鉄東海道本線湯河原駅南側地区)に集団発生を見、右三〇〇立方メートル配水池からの給水区域(国鉄東海道本線湯河原駅北側の湯河原町城堀地区)には起つていない。湯河原町の腸チフス患者の住居地と被告水道組合の自然流下による給水区域との関連の概略は別紙図面2のとおりである。

2  本件腸チフスの集団発生に関連があると考えられる腸チフス患者及び疑わしい症状を有する者で被告水道組合の給水区域外に居住する者の数は一七名{(腸チフス患者一三名、疑わしい症状を有する者四名)、(給水区域外の湯河原町に居住する者一四名、湯河原町以外に居住する者三名)}であつた。

(一) 給水区域外の湯河原町に居住する者一四名と被告水道組合の給水区域との関連は次のとおりである。

(1) 原告番号74番 山口栄一

右の者が腸チフスに罹患し、隔離入院した状況は前記理由五判示のとおりであるが腸チフスに罹患当時小学生で学友が被告水道組合の給水区域にいたため、友人宅や、給水区域内の公園等によく遊びに行き、食事を御馳走になつたり、公園の水を飲んだりすることがあつたし、当時給水区域に極く近い湯河原町土肥四丁目一番一号に居住していた。

(2) 原告番号96番 清ときゑ

右の者が腸チフスに罹患し、隔離入院した状況は前記理由五判示のとおりであるが腸チフス罹患当時被告水道組合の給水区域にごく近い湯河原町土肥二丁目六番二号に居住していた。

(3) 原告番号123番 児島旭

右の者が腸チフスに罹患し隔離入院した状況は前記理由五判示のとおりであるが、腸チフス罹患前土木関係の仕事に従事し、その現場が給水区域にあつたため、毎日そこに通つていたし、当時給水区域からほど遠くない湯河原町土肥二丁目一二番二八号に居住していた。

(4) 原告番号126番 小泉笑子

右の者が腸チフスに罹患し、隔離入院した状況は、前記理由五判示のとおりであるが、被告水道組合の給水区域内にある旅館、飲食店などに酌婦として稼働していたし、また、給水区域内に友人がいたため遊びに行くこともあつた。そして、当時給水区域からほど遠くない湯河原町土肥三丁目五番一〇号に居住していた。

(5) 氏名不詳イ〈省略〉

(6) 氏名不詳ロ〈省略〉

(7) 氏名不詳ハ〈省略〉

(8) 氏名不詳ニ〈省略〉

(9) 氏名不詳ホ〈省略〉

(10) 氏名不詳ヘ〈省略〉

(11) 氏名不詳ト、チ、リ、ヌ〈省略〉

(二) 湯河原町以外に居住する腸チフス患者の状況、被告水道組合の給水区域との関連等は次のとおりである。

(1) 原告番号90番 井上芳美

右の者が腸チフスに罹患し、隔離入院させられた状況は前記理由五記載のとおりであり、また、同人は本件腸チフスの集団発生当時神奈川県小田原市に居住し同市内の蛇の目ミシン小田原支店に勤務し、ミシンのセールスや使用方法の講習等の仕事に従事し、その仕事のため、二月一三日には湯河原町新墓地を、同月一八日には同町吉浜を、同月二〇日には同町宮上のいずれも被告水道組合の給水区域外を訪れており、内二日はやはり右給水区域外である湯河原町駅前の飲食店で食事をし、生水を飲んでいるが、被告水道組合の給水区域との関連は明らかではない。しかしながら右関連性については、右の者が腸チフスに罹患後に事情聴取されたところによるものであり、右事情聴取は、かなりの時間の経過の後になされており記憶がそれほど正確であつたとも言えないし、また本件腸チフスの暴露期間内に湯河原町を訪れており本件腸チフスの集団発生におけると同一菌種の腸チフス菌により腸チフスに罹患している。したがつて、関連性が認められる者と同一事由により腸チフスに罹患したものと推測される。

(2) 藤倉清貴

右の者は本件腸チフスの集団発生当時、東京都品川区豊町に居住する二三歳の男子であるが、同年二月二三日ごろから三七度の発熱があり体がだるかつたため二、三の病院を訪れ治療を受けたがかぜと診断された。しかし、その後も良くならず同年三月一七日訪れた病院で診断のため血液、尿便を採取し、検査に供したところ、同月二五日右便から腸チフス菌が検出され、同日から東京都立荏原病院に隔離入院させられた。同人には、被告水道組合の給水区域内に居住する親戚がいて、その家族で右藤倉の姪にあたる一一歳の女子が同年二月二六日ころ発病し、臨床状態により腸チフスに罹患しているものと判断され、同年三月一七日横浜万治病院に隔離入院させられ入院中腸チフス菌を検出されている。また、右藤倉自身右給水区域内にアパートを借り、土、日曜にかけて、遊び、その他の目的で、右アパートに泊ることが多かつた。同人が同年二月中に湯河原町を訪れた日は、九日、一四日、二三日の三日で、いずれも宿泊はしていない。右一四日に訪れたのは前記親戚の者の家で行なわれた葬儀に出席するためであつた。同人は葬儀の際火葬場において出された茶菓子や、折詰弁当を食べたが、その後被告水道組合の給水区域内の旅館で行なわれた忌中払には出ず帰宅し、途中、湯河原駅前の売店で缶ビールを買つて飲み、付近の水道水を飲んでいる。神奈川県防疫対策本部は右葬儀に出席した者につき調査を行つたが、本件腸チフスの集団発生との関連性は見い出されなかつた。

(3) 綿貫新吾

右の者は、本件腸チフスの集団発生当時横浜市旭区西川島町に居住し、横浜市水道局に勤務する四一歳の男子であるが、同年二月一二、一三日に被告銀行湯河原寮に宿泊しており、当初、本件腸チフスの集団発生に先立ち、腸チフスに罹患していたのではないかという疑いがあり神奈川県衛生局予防課、所轄の保健所、同人が隔離入院させられた横浜万治病院等により本件腸チフスの集団発生の感染源(原因者)か否か綿密な調査がなされた。それによると、同人には腸チフスの既往歴はなく、また、水道法により職場で各年四回の検便を受けていたが異常は認められておらず、腸チフスの保菌者であつたという疑いは否定される。

同人が被告銀行湯河原寮に宿泊した同年二月一二、一三日前後における同人の行動は、同月七日、酒を多量にのみ、体の具合が悪くなつて同月八、九日は仕事をやすみ自宅で静養していた。同月一〇、一一日は出勤し、同月一二日には、休暇をとり、同人の親族四名と被告銀行湯河原寮に遊びに出かけ、途中酒匂川のドライブインで休憩後寮を訪れた。翌一三日は、熱海の梅林や真鶴半島に遊びに出かけ、翌一四日は鎌倉を回つて帰宅している。同人は右寮に宿泊中、同寮で生水を飲んでいるがこの水は城堀簡易水道組合の水道水ではなく、宮下簡易水道組合が給水する水であつた。同人が城堀簡易水道組合の水を飲んだかどうかは明らかになつていない。

同人の発病の状況は前同日午後一〇時過ぎごろ腹痛と吐気のため三宅胃腸病院に治療に訪れたが、同病院で手術が必要と判断された。しかし、右病院の外科医が不在であつたため翌一五日午前二時ころ横浜赤十字病院に入院した。同人は入院時三九度五分の発熱があり、同病院で診察を受け、その結果穿孔性、汎発性腹膜災という診断を受け、手術が実施され開腹したところ腸に穿孔があつたためその部分の切除、縫合が行なわれた。手術後、熱も下がり、経過も順調であつたが、同月二一日に至つて急に発熱した。その原因調査のため同月二四、二五日の両口血液等の諸検査がなされたが、同月二七日、右血液の培養の結果腸チフス菌を検出し腸チフスに罹患しているものと判断され同日横浜万治病院に転院し隔離入院させられた。

ところで、腸チフスは腸穿孔等の合併症を起こすことがあるが、右腸穿孔の合併症は腸チフスの過程から腸チフス発病後、第三週目以降に生ずることが多いとされる。また、腸チフスに罹患した者からの腸チフス菌の検出は、発病第一週目において血液からは一〇〇パーセント近く検出されるが、患者の便からの検出は極めてまれで、便から検出され始めるのは第二週以降で第三週目ごろから高くなるとされる。したがつて、同人の前記腸穿孔が腸チフスに基づくものであれば湯河原寮に宿泊した同月一二、一三日ごろには腸チフス菌を排出していたことが考えられる。しかし、同人の前記手術の際に採取された腹水の培養検査によつては腸チフス菌は検出されなかつたし、切除した小腸の一部につきなされた病理、組織学的検査によれば、穿孔部のパンチで穴を開けたようにきれいであり、病巣は単発的であつて腸チフスによるものとは異なつていたし、腸チフスによるものであれば、病巣の周囲粘膜にリンパ装置の腫大、過形成が見られることが多いが、それがなかつたこと、その他の諸検査、臨床状態の検討の結果、同人の腸チフス発病は同月二一日ころであり、同月七日から一四日までの間感染したものと考えられ、同人の腸穿孔は腸チフスによるものではなく同月一二、一三日において同人が腸チフス菌を排出した可能性は極めて少ないものと判断された。

3 前記理由五判示のごとく本件腸チフスの集団発生に関連があると考えられる腸チフス患者については、保健婦らにより病歴等の事情が詳しく聴取され、それが神奈川県防疫対策本部により集計、整理され発病日等が検討された。それによると、右腸チフス患者の推定発病日は、同年二月二一日から同年三月一八日までの期間内に納まつていた。また、各腸チフス患者の推定発病日を元に縦軸に腸チフス患者発生数を横軸に推定発病日を取つた患者発生ゲラフを描いてみると、同年二月末ごろから腸チフス患者数が上昇し始め、同年三月三日第一のピークをむかえ、一旦下降し、同月六日を境として再び上昇し同月八日第二のピークをむかえ以後下降するという経過を示し一見二峰性のごとくであり、また、同年二月末からの上昇線と同年三月八日からの下降線は、ほぼ同様の急峻さを示していた。その他、種々の検討がなされた結果、前記対策本部は五日間ほどの間隔を置き二度の感染の機会があつた重複暴露がもつとも疑わしいが、一般的に腸チフスは発病までの潜伏期間が一、二週間、多くは一〇日前後とされ幅があること、前記腸チフス患者の中には、発病が急激でなく、いつを発病日と捉えてよいのか明確でないものがいること、また、発病から保健婦による病歴等の事情聴取までの間がおよそ二週間程度あつたため聴取を受けた者の記憶が必ずしも正確とは言えないことなどが考えられ、推定発病日自体それほどの正確性を有さず、単一の機会による感染も考えられると結論している。右対策本部は右のほか、判定した推定発病日を使用して種々の方法により暴露日(感染日)の検討を行つたが同年二月六日未明から同月一五日の夜までのほぼ一〇日の間ということが分かつたのみでそれ以上は明らかにはならなかつた。

4(一)  本件腸チフスの集団発生に関連あると考えられる腸チフス患者の性別、年齢別患者数、罹患率を見ると、本件腸チフスの集団発生においては零歳から一四歳までの児童が全体の三分の二を占め罹患率が圧倒的に高く、また、二〇歳から三九歳までの成人においては、男子よりも女子に多いという特徴が見られた。

(二)  右特徴について右対策本部は、被告水道組合の水道が感染経路と考え、児童は成人より水を飲むことが多く、また成人では男子は仕事で被告水道組合の給水区域から出ることが多く、女子は家事、その他により水との接触の機会が男子より多いからではないかという見解を表明している。

5  腸チフス菌は細菌に感染し、菌体を溶かして増殖する一群のウイルス(バクテリオファージ)に対する感受性により数多くの種類(ファージ型)に分類されるが、本件神奈川県足柄下郡湯河原町の腸チフスの集団発生に関連があると考えられる腸チフス患者のうち腸チフス菌が検出された一〇五名の者の腸チフス菌の種類は、国立予防衛生研究所等で検査された結果ファージ型E1であり同一菌種であつた。

6  昭和五〇年三月一三日湯河原町住民から腸チフス患者が発見されたことにより同月一四日神奈川県は腸チフスの集団発生を予想し、同県庁内に、防疫対策本部を、湯河原町役場内に防疫対策現地本部を設置し、防疫及び、原因究明活動を開始した。

原因究明活動は、腸チフスが、人を感染源とし、空気伝染はなく保菌者か罹患者が排出した腸チフス菌を直接摂取するか(直接感染)、腸チフス菌に汚染された食品または、飲料水を摂取すること(間接感染)により感染が起こるか、直接感染の可能性は、多数の腸チフス患者の発生が見込まれたため、少ないものと判断され、食品、飲料水についての調査に重点がおかれた。

7  食品関係については、特定の食品、または、特定の販売店で売られた食品が腸チフス菌に汚染されていたとすると、右特定の食品を食べたか否か、また、右特定の販売店で売られた食品を買つたか、否かが患者と患者でないものとの間に差が生ずるはずであるため、前記現地対策本部内に食品環境調査班が編成され、食品衛生監視員らにより喫食状況及び購入状況の調査が行なわれた。

右調査は、同年三月一四、一五日と、同月一八、一九日の二回行なわれたが、第一回目は食品については腸チフスの原因食品と疑われる豆腐、なつとう、ほか一六品目につき、販売店については、湯河原町内の一〇一店舗について、調査時点で腸チフス患者と考えられる者三〇名、患者でないもの六九名を対象に行なわれ、第二回目は、食品については第一回調査時の一八品目の食品に住民から調査の要望のあつたたいやきと腸チフス患者発見初期に患者に共通した食品とされたアイスクリームを加えた二〇品目につき、販売店については前回と同じ店舗について第一回調査後、第二回調査時点までに判明した腸チフス患者二九名と患者でない者五五名を対象に実施され、その調査結果をもとに食品別、販売店別に有意差があるか否かが小田原保健所食品衛生課で検討されたが、その結果は、どの食品についても、どの販売店についても、有意差と言えるほどの差は存しなかつた。

そのほか、食品関係としては腸チフスの伝染経路として牛乳も考えられるため、牛乳販売店の調査が行なわれたし、不完全ながら食品取扱者の検便も実施され、また行事に関連しその行事で出された食品が伝染経路となることも考えられるため行事が行なわれたか否か、その日時等について調査が行なわれた。その結果同年二月二四日に、前記理由四で判示した本件腸チフスの集団発生において大部分の患者を包含する湯河原町城堀、同町土肥の両地区内に居住する者で、後にその家族の中に腸チフス患者の発生を見た者の家で葬儀、忌中払いが行なわれたことが判明し、その出席者の調査等が行なわれた。右調査を含め、その他食品に関連する原因究明活動を通じて、神奈川県防疫対策本部や、右原因究明活動にたずさわつた関係諸機関において、食品につき、本件腸チフスの集団発生と直接の関連性を見いだされたものは存しなかつた。

8 飲料水に関しては、過去に水道水が感染経路になつた事例が散見されることや、本件腸チフスの集団発生の概要が明らかになるにつれ前記理由七、1判示のとおり、腸チフス患者発生地域と被告水道組合の給水区域のうち、本件配水池から自然流下によつて給水される区域(別紙図2参照)と概ね一致する所から、被告水道組合の水道施設に疑いがむけられ、前記対策本部、同現地本部、湯河原町が設置した同町防疫対策本部等によつて右水道施設の調査が行なわれた。

9  被告水道組合の水道施設のうち本管と呼ばれるものは昭和三八年に認可になつたものであつたが、その水源は、国鉄東海道新幹線城堀隧道底の外側を流れる地下水で、その集水施設も右隧道底の外側に設けられていた。したがつて、右隧道内の汚染が右地下水に及ぶことは極めて少なかつた。また、右地下水自体の他の箇所における汚染については、地下水が右集水施設に流入するまでの経路を把握することは困難であつたことから調査は断念された。右集水施設に集つた水は、右隧道の大阪側出入口から東京方面にむかつて四八九メートルの地点で取水され、口径一五〇ミリメートルのヒューム管により右隧道の横抗出口まで導かれ、そこからは同口径の石綿セメント管により本件配水池の海側と山側の双方の水槽に導水されていた。右横抗出口から本件配水池までの導水管はいずれも地下に埋設されていて地表面に出ている部分はなかつた。昭和五〇年四月五日右横抗出口から本件配水池までの導水管の中間で(本件溜枡近辺)地下に埋設された制水弁が発見されたが、右制水弁は全開二〇回転のところ2.5回転くらいしか開かれていなかつた。この状態がいつごろから生じたものかは明らかではないが、本件腸チフスの集団発生当時被告水道組合の副組合長であつた深澤公行は、右役職に昭和四八年四月に就任しているが、前任者から右制水弁についてなんらの引継も受けなかつたし、就任してから本件腸チフスの集団発生が起こるまでの間に右制水弁を開閉した形跡はなかつた。

右本管は、計画給水人口四〇〇〇人、計画水量一二〇〇立方メートル(一人一日三〇〇リットル)の規模をもつ簡易水道として認可されたものであつたが昭和五〇年一月一八日から同年二月一七日までの被告水道組合の給水量は二万五八四八立方メートル一日平均八三四立方メートルであり、本件腸チフスの集団発生当時の給水人口は三〇〇〇名に満たないものであつたから、右制水弁が全開していれば右書類上の本管の規模との関係では本管のみで十分まかなえるものであつた。

10  被告水道組合の水道施設のうち余水と呼ばれるものは本来防火用水であり、昭和四一年ころ使用が開始されたものであつたが、その後無認可で簡易水道に使用されるようになつた。簡易水道に使用されるようになつたのがいつごろからかについては、かなり以前から使用されていたものと推測はされるがはつきりしない。

11  余水の水源は前記隧道内に湧出する地下水であるが、右地下水は右隧道内の上り下りの線路の間(隧道の中央部)にある鉄筋コンクリートの通路の下に設けられた水路に集まり右水路を通つて右隧道の大阪側出入口から隧道外に排出されるが、右出入口から東京方面にむかつて二一七メートルの地点で、右地下水の一部が取水され余水として使用されているものであつた。

右通路の長さは1416.06メートルであつたが(右隧道の長さは一四一四メートルである。)、右通路には溜枡が一三箇所、掃除用のマンホール一二八箇所が設置されており、溜枡にはいずれも縦一一〇センチメートル、横六〇センチメートルの鉄筋コンクリート製のふたがされ、掃除用のマンホールにはいずれも直径三五センチメートルの円形鉄製のふたがなされ密閉された状態であつた。右通路下の水路が、通路面に開かれている部分としては前記余水を取水する部分で、この部分は、右通路部分に鉄格子がはめられていた。

右水源の調査は昭和五〇年三月一八日に行なわれたが通路、線路及び右開口部は肉眼で見た限り乾いており、清潔な状況で汚物散乱の徴候は見られなかつた。また、右開口部附近にあつた線路砕石、右開口部を流れる水、前記隧道の大阪側出入口から隧道外に排出される水を採取して菌検出に供したがなんらの菌も検出されなかつた。

前記隧道内を走行する新幹線の車両の便槽は密閉式であり走行中屎尿を車両外に排出することはなかつた。雑排水についても便槽が密閉式であつたことのほか、前記のとおり、右隧道内が調査された時前記通路部分は乾いて清潔な状況であつたことや、余水の取入口附近の石、右取入口から採取した水、右隧道の大阪側出口附近の水からなんらの菌も検出されなかつたことから同じく密閉式で走行中、車両外に排出されることはなかつたものと推測される。

12  前記部分から取入られた余水は口径一五〇ミリメートルのヒューム管により途中まで、その先はコンクリート製U字溝にふたがされたものにより前記横抗出口まで導びかれていた。

右横抗出口は数段のコンクリートブロックを積み、その上は縦方向は鉄格子で、横方向は、有刺鉄線が数条張られ、かつ、立入禁止の札が下げられていたし、右横抗出口附近が調査された際、破損部分はなく、そこから横抗内に立入出来ない状況であつた。

横抗出口の外には、二つの分水囲が設けられ、一つは、被告水道組合に、一つは宮下管易水道組合に余水を分水するためのものであつたが、被告水道組合の分水囲はコンクリート製で上部は鉄製のふたがされ、かつ、施錠されていたし、横抗出口附近が調査された際、右分水囲に破損部分はなかつた。

右横抗出口附近は私有地で湿つた状態で、それほど清潔な状況ではなく、小田原保健所により昭和四九年一二月五日ほか数回門柵の整備等の指導がなされたが、本件腸チフスの集団発生が起こるまでの間に改善がなされたことはなかつた。

また、右二つの分水囲を流れる余水が採取され菌検出に供されたが、腸チフス菌、大腸菌とも陰性であつた。

13  右横抗出口附近からの被告水道組合の水道施設の概略図は別紙図3のとおりであり余水は右横抗出口の外の被告水道組合の分水囲から口径三〇〇ミリメートルの地下に埋設されたヒューム管により本件溜枡に導水されていた。

前記神奈川県防疫対策本部等は、過去に水道施設と屎尿の排水施設とのクロス部分から汚染が起こり、腸チフスの集団発生をまねいた事例が散見されたことから、クロス部分の調査にあたつていたが附近の状況及び昭和五〇年三月一四日には前記理由七2(二)(3)判示のとおり同年二月一二、一三日の両日湯河原寮に宿泊した綿貫新吾が本件腸チフスの集団発生に先だち腸チフスに罹患しているとの情報があつたことから本件溜枡部分に疑いがむけられ水道管の配管や湯河原寮の排水管の設置状況の調査がなされた。

14  湯河原寮は、被告銀行の所有で昭和四五年七月二〇日、補助参加人株式会社竹中工務店によつて建設されたものであつたが、その際附帯工事として、右寮の便所の浄化槽、台所、洗面所、洗濯場、風呂場から出る汚水を町道山口線に沿つて設置された湯河原町が占有し、所有する側溝に排出するための排水施設設置工事を行つた。その工事の内容は、右町道山口線から湯河原寮に至る道路部分で湯河原寮に近い所に同寮の便所の浄化槽から流れ出す汚水と、台所、洗面所、洗濯場、風呂場等から出る汚水が合流する最終枡を設置し、右枡から前記側溝まで右道路を掘削し、かつ、側溝の外壁部分を削り排水管を設置した後、右掘削部分を埋戻し、右側溝を元通りに直すというものであつた。右工事を実際に行つたものは前記補助参加人の下請けの者であつた。

15  本件溜枡附近の概略は別紙図4のとおりであり、右部分の神奈川県防疫対策本部等による実地調査は昭和五〇年三月一八日と一九日に行なわれた。

16  右調査が行なわれる以前の本件溜枡部分の状況は、本件溜枡の横(本件配水池寄り)にコンクリート製で半地下構造の溜枡が設置されていて、右溜枡の地上部分は町道山口線の側溝の縁より高く、その上部は赤い錆止が塗られた鉄板により蓋がされ、右蓋は施錠されていた。右溜枡には一部破損した所があつたが、表面部分にとどまり内部にはおよんでいなかつた。

17  右溜枡から町道山口線から湯河原寮にむかつて右側の右町道から湯河原寮に至る道路部分までの間は未舗装で地表面が露出していた。右道路はコンクリート舗装がなされ、その舗装は前記側溝を覆い町道山口線の道路の舗装部分と接着していて、その部分の側溝、本件溜枡部分、湯河原寮の汚水の排水管とも舗装下及びその附近の地下に埋設され見ることはできなかつた。

18  同年三月一八日なされた調査は、この調査開始時点において本件溜枡があることは分つておらず、前記本件溜枡脇に設置された溜枡に町道山口線に沿つて設置された側溝等から汚染がおよんでいないかどうかの調査を目的としたものであつた。そのために、原状同復が可能な前記未舗装部分の土を多少掘削して取り除き、右溜枡と本件溜枡とをつなぐ導水管の上部土壌面に食塩八六〇グラムを水二五リットルに溶いた液を散布し、その後に本件溜枡脇に設置された前記溜枡内の水を採取して塩素イオンの測定を行つたが右イオンは検出されず右溜枡には汚染はないものと考えられた。また、右未舗装部分の土を掘削した際、本件溜枡の上蓋の一部に突き当つたが、これが本件溜枡の上蓋であるとは、その時点では判明しなかつた。しかしながらこの部分の調査もなされ、未舗装部分で右上蓋上の土はもちろん、町道山口線から湯河原寮に至る道路の舗装部分と右上蓋の間の土が湯河原寮の排水管の町道山口線から湯河原寮にむかつて右側側面附近まで取除かれた。右土が取除かれた部分において、右上蓋、前記側溝に破損箇所は発見されず汚染が起きているか否かは判明しなかつた。

19  同月一九日は汚染が起きているか否か判明しなかつた本件溜枡部分についての調査が行なわれた。そのために、まず、本件溜枡脇の前記溜枡内に入り懐中電灯で右溜枡内に余水を導びく導水管から本件溜枡方向を照らして、観察がなされたが汚染については、はつきりしたことは分らなかつた。そこで湯河原寮の管理人に依頼し、右寮の風呂場の湯を放出させたところ、本件溜枡内に湯気が立ち込め、かつ、本件溜枡の天井から垂れ下がつた木片から絶え間なく雫が流れ落ちている状況が見られた。続いて本件溜枡及び前記側溝部分を覆つている町道山口線から湯河原寮に至る道路のコンクリート舗装部分をエアーコンプレッサーで掘削し、かつ右舗装の下の土砂を本件溜枡の上蓋部分まで取り除き、本件溜枡を地表面に露出させる作業が行なわれた。その際、本件溜枡の現状保存のため作業を慎重に行うようにとの指示があつたが、エアーコンプレッサーの振動はかなりのもので、右舗装部分のコンクリートの厚さ、その下の土砂層の厚さ等は明らかではなく、その影響を正確に測定することはできないが、本件溜枡の状況に多少の変化は与えたと思われるほどのものであつた。

また、右土砂部分の密度等も明らかではなく、どの程度水等が浸透するものであるかは不明であつた。

右土砂を取り除き本件溜枡部分を地表面に露出させたときの状況は次のようなものであつた。すなわち、本件溜枡の上蓋と湯河原寮の汚水の排水管とはかなり接着した状態で交差していたが多少の間隙はあつた。右排水管の上部には、右排水管に接着した状態で、以前温泉を引くために使用されたものと思われる管が残置されていて右管の町道山口線から湯河原寮に至る道路方向の端の部分は固定されていたが、反対方向の端は固定されておらず、多少は動かしうる状態であつた。右上蓋には、その大きさは明らかではないが右排水管の下から湯河原寮に向かう道路方向に幅一〇センチメートル前後長さ三〇センチメートル前後の穴があいていた。右上蓋は木枠にコンクリートを流しただけの無筋のものであつたが、右排水管の下の穴のあいた部分の木枠は朽ちて本件溜枡内に垂れ下がつていた。右上蓋には穴のあいた部分を含め、幅二〇センチメートル前後、長さ四〇センチメートル前後に亘つて削つた形跡が認められ、その部分はぼろぼろでこわれやすい状況であり、当初本件溜枡部分を露出させた時の右上蓋の穴は前記程度のものであつたが、その後時を経るにつれて大きくなつた。町道山口線の側溝は、右排水管から前記湯河原寮にむかつて右側には側溝壁があつたが左側は数十センチメートルにわたつて欠落していた。右排水管自体には穴あき等の破損箇所は見付からなかつた。右排水管と右側溝との交差部分については、右側溝の欠落部分においても排水管に白いコンクリート様のものが付着していて以前には、側溝壁が存したものと推測された。しかし、右排水管の下部の側溝底に近い部分についてはコンクリート様のものが付着していたかどうかは明らかではなく右排水管と側溝壁との間がその部分において間隙なく接着されていたか、どうかは不明であつた。本件溜枡は海側と山側の二槽に分かれており右二槽の間にはコンクリート製の壁があつたが右壁には穴があいており、海側の槽の上蓋の一部は右側溝内に露出していて、その高さは右側溝の底と同一であつた。しかし右部分からの汚染については判明しなかつた。

20  湯河原寮は地下一階、地上三階、建坪延三〇〇坪の建物で収容人員六二名、従業員八名の規模のものであつた。右寮の便所の浄化槽には消毒装置はなく年一回清掃(汚泥引抜き)がなされていただけで本件腸チフスの集団発生が起きるまでは消毒がなされたことはなかつた。本件腸チフスの集団発生に最も近接して行なわれた清掃は昭和四九年一二月三〇日であつた。

21  右浄化槽における屎尿の滞留時間は正確には判定できないが、薬品を溶かした水を便槽に流し、どの程度を流せば浄化槽の放流口で右薬品が検出されるかが実験され、その結果九〇リットルの水を流した段階で検出され、一人の人が一回に排出する尿の量から考え比較的短いものと考えられた。

22 湯河原寮の便所の浄化槽については、前記理由七、2、(二)、(3)記載の綿貫新吾が腸チフスに罹患しており、このことが昭和五〇年三月一四日関係医療機関から神奈川県防疫対策本部に通報され翌一五日には現地の対策本部にも伝えられたため、同日右対策本部から湯河原寮の管理者に対し消毒をするようにとの指導がなされた。同月二〇日ころ、右対策本部等は、右浄化槽の最終処理部分から汚水を採取し菌検出に供した。その時の浄化槽の消毒の状況は不十分で右採取された汚水には消毒が及んでいない様子であつた。右汚水の菌検出の結果は腸チフス菌陰性であつた。同日ごろ右部分に菌検出用のタンポン三個が投与され、数日を経て回収し、菌検出に供されたが腸チフス菌は検出されなかつた。

23  本件溜枡部分の汚染は、前記のとおり町道山口線の側溝に多量の汚水が流れた場合に顕著であり、その時に腸チフス菌が余水に混入した可能性も考えられる。本件腸チフスの集団発生の推定暴露日と考えられる期間に右側溝に多量の汚水が流れた可能性が考えられるものとしては次のものがあつた。

湯河原寮の浴場の湯は、一週間に一度ぐらいの割合で変えられていたが、昭和五〇年二月中の放流日は五日、一〇日、一九日、二五日、三〇日であつた。

昭和五〇年二月六日から同月一五日までの間において、湯河原町には六日に多少の、七日に三〇ミリ前後の、また、一四日にも多少の降雨があつた模様であるが、その詳細は不明である。

右のほか、同期間内に附近の民家等から放出された汚水が町道山口線の側溝を多量に流れたことがあつたか否かについては判明していない。

24  本件腸チフスの集団発生当時における湯河原町の環境衛生面は立ち遅れ、下水道、屎尿処理施設とも設置されておらず汲み取り式の便槽から汲み取られた屎尿は隣接する真鶴町から船に積まれ海にすてられていたし、浄化槽式のものは、浄化槽から流れ出す汚水を側溝や小河川により海に流すというものであつた。

本件溜枡附近及び本件溜枡から本件配水池に至るまでの間には民家等が相当数あつたが、本件溜枡部分以外に汚水の排水管と城堀簡易水道の導水管が交差している所は発見されなかつた。

町道山口線に沿つて設置された側溝は、右屎尿等を海に流すために利用される側溝の一つであるが、右側溝に便所の浄化槽から流れ出る汚水を排出する民家等がどの程度あつたかについては調査されておらず明らかではない。

25  前記本件溜枡脇の溜枡を流れる余水の水、本件溜枡附近で町道山口線の側溝から滲出していた汚水、湯河原寮から排出された汚水等が前記神奈川県防疫対策本部による本件溜枡部分の調査の前後に採取されて菌検出に供された。その結果、大腸菌は検出されたが腸チフス菌は検出されなかつた。

26  本件溜枡から流れ出る余水は、導水管により本件溜枡脇の前記溜枡に流れ込み、そこからは口径一〇〇ミリメートルのもの一本、口径七五ミリメートルのもの二本、合計三本のビニールパイプにより本件配水池まで導びかれていた。右三本のビニールパイプは右溜枡から一旦地下に潜りその後地上に立上がつて、前記町道山口線の側溝に沿つて、その上部に設置されていたが場所によつては、その一部が右側溝内に垂れ下つている所もあつた。また、右三本の導水管の所々に五ないし一〇ミリメートルの穴があいていた。右穴の多くは、右三本のビニールパイプが側溝の上部に設置されていた所で、右パイプの上部にあいていた模様であるが、その正確な位置、数、大きさ等は明らかではない。

この穴は、右三本の導水管内の空気をぬくためのものであつたが、本来の上水道用のものであれば、このような形ではなく外からの汚染が及ばないような構造にすべきものであつた。

昭和五〇年三月一四日右三本の導水管により余水が本件配水池の水槽に流れこむ直前の水が採取され菌検出に供された。その結果大腸菌は検出されたが、腸チフス菌は検出されなかつた。

ところで急性期の腸チフス患者の便一グラム中には一〇〇〇万匹以上の菌が存するものとされる。従つて人為的に投入すればもちろん、そうでなくとも、腸チフス菌を含んだ汚水が町道山口線の側溝を多量に流れた場合右三本の導水管の上部に開いた穴から腸チフス菌が混入する恐れは十分にあつた。

27  もつともどのくらいの腸チフス菌が体内に入つた場合、人が腸チフスに罹患するかについては、一匹でも入れば体内で増殖し発病する可能性があるとするものから、一〇の七乗匹程度入らなければ発病しないとするものまで諸説があり、統計があるわけではなく、人により腸チフス菌に対する感受性の強さにも差があると考えられるから明らかではない。それゆえ本件規模の腸チフスの集団発生が起るために、どの程度の腸チフス菌があれば足りるかについても不明である。

28  本件配水池の有効容量は一五〇立方メートルで、右配水池の海側、山側の双方の水槽の天井、側壁、床部分は全てコンクリートで出来ていて、右水槽内の水が外に露出している箇所はなかつた。右水槽の上部には清掃用のマンホールがあつて、それには鉄製の蓋がされていて、施錠ができるようになつていた。

被告水道組合の簡易水道は認可になつて以来小田原保健所等により、衛生面の巡回指導が、なされており、右保健所等は巡回の度に本件配水池につき清掃の実施、毎日の水質検査の実施、その記録の整備保存、確実な滅菌の実施等の指導を行つていた。本件腸チフスの集団発生に最も近い時期のものとしては、昭和四九年一二月五日になされた右同様の内容の指導であつた。

昭和五〇年三月一四日から神奈川県防疫対策本部等によつて本件配水池の調査が行なわれた。右同日の調査によると、本件配水池付近は清掃が十分になされておらず清潔とはいえない状況であつたが、前記清掃用のマンホールの蓋には施錠がされており、本件配水池においては水位計が壊れていたほか破損部分はなく、本件配水池において外部の汚染が水槽内の水に及んでいる形跡はなかつた。本件配水池の山側の水槽に設けられた塩素を注入する殺菌装置は作動していたが、山側と海側の水槽をつなぐ連絡管の開閉装置はほとんどは閉じられた状態で、残留塩素の測定の結果、山側の水槽の水からは塩素が検出されたが、海側の水槽、及び本件配水池から自然流下によつて給水される地区の水道管末端部分から採取された水からは検出されず、海側の水槽の水は殺菌されておらず、この殺菌されていない水が本件配水池から自然流下により住民に供給されていた。そのため塩素の投与地点を山側の水槽から海側の水槽に変えた所こんどは山側の水槽から採取された水から残留塩素が検出されなくなつたため最終的には双方の水槽に滅菌装置を設置し作動させた所、右双方の水槽とも滅菌できるようになつた。前記小田原保健所等が行つた指導の一つである、本件配水池の毎日の水質検査の記録の整備、保存はなされておらず、右水質検査が実施されたか否か、その結果はどうであつたか、確実な滅菌が行なわれていたかどうかについては判明しなかつた。被告水道組合の水道技術者が作成し保存されていた記録としては、毎月行うことになつていた給水区域の末端で採取された水の水質検査の結果があつたが、それによると右水は飲料に適していて、細菌や、化学物質等が異常に検出されたことはなかつた。しかし、右水が採取されたのは、本件配水池から自然流下によつて給水されている地区ではなく、本件配水池の山側の水槽からポンプ揚水により三〇〇立方メートルの配水池に導かれ、そこで他の水源の水と合流され塩素滅菌の後給水される地区であつた。

29  自然流下による給水地区へは本件配水池の海側と山側の双方の水槽から導き出された水が合わされ、水道管により給水されている。右水道管は国鉄東海道線の線路を越え海側に入つた地点で三脈に分かれ、そのうちの一脈は右区域内でさらに数脈に分かれて各家庭に水を供給していた。右区域内における腸チフス患者の発生地点は、右支脈の一部にのみかたまつていたものではなく全域に渡つて分布していた。

右地域内における水道管の大部分は地下に埋設されていたが、一部下水溝の上部に吊り下げ方式等により架設され、地表面に露出している所もあつた。前記神奈川県防疫対策本部等によつて本件配水池から各家庭に至る水道管につき、汚染箇所がないかどうかが調査されたが発見されなかつた。

また、過去に、水道の断水によつて家庭にある水道の蛇口から汚水とともに腸チフス菌が吸引され、腸チフスの集団発生をまねいた事例があつたことから、被告水道組合の簡易水道に断水があつたかどうかが調査されたが、その存否については明らかにならなかつた。

他に右給水地区の水道管の末端部分の水が採取され菌検出に供されたがなんらの菌も検出されていない。

30 余水は、前記理由七、19、記載のとおり汚水が混入していたことが判明したため直ちに、その水道水としての使用が停止された。そのため水道水の水量が不足し、本件配水池の水位が下つた。前記神奈川県防疫対策本部等は、その対応策として住民に水の有効利用を呼びかけるとともに未認可の水源の水の使用を暫定的に許可したり、町営水道を分水する等の措置を取つた。また前記理由七、9記載のとおり昭和五〇年四月五日本管の制水弁が少ししか開かれていないことが発見されたため、これを全開にした。余水はその後、施設が改善され、認可を受けたうえ、水道水として使用されている。

31 前記理由七3記載のとおり、本件腸チフスの集団発生の推定暴露日が昭和五〇年二月六日未明から同月一五日の夜までのほぼ一〇日間であり、この間に給水された被告水道組合の水道水から腸チフス菌が検出されれば、右水道が感染経路になつたことが明らかになるため、本件配水池から自然流下によつて給水される地区の住民の家から同年二月中のものと思われる冷蔵庫の氷、金魚鉢の水等一三検体が集められ菌検出に供された。しかしながら、その結果はいずれからも腸チフス菌が検出されなかつた。もつとも右検体が同月中に給水されたものかどうかは住民の記憶に基づいており、さほど正確なものではなかつた。

32  湯河原町の被告水道組合以外の水道施設についても調査が行なわれたが、いずれも消毒は正常になされていた。また、右各水道施設の水源及び給水区域の末端の水が採取され菌検出に供されたが、宮下簡易水道組合の水源の一つである国鉄新幹線城堀隧道内の地下水とは別の水源から採取された水から大腸菌が検出されたのみで、他はいずれも腸チフス菌、大腸菌とも陰性であつた。

33 本件腸チフスの集団発生の感染源としては当初前記理由七、2、(二)、(3)記載の綿貫新吾が疑われた。右綿貫については、結局感染源であることを否定されたが、右の者との関係、本件溜枡と湯河原寮の排水管とが交差していたことなどから右綿貫の家族、勤務先の者、湯河原寮の従業員、宿泊者らの中に感染源となりうる者がいなかつたかどうかが調査された。

34  右綿貫の家族については、配偶者のほか、湯河原寮に同行した四名の者を含む一五名の者全員につき三回の検便、その他の検査が行なわれ、また、勤務先に関しては、勤務先である横浜市水道局西谷浄水場の従業員全員三三六名の者に対し一回の検便が、右綿貫が所属する職場の者三三名の者に対しては更に一回の検便が行なわれた。しかし、いずれも腸チフス菌が検出されたことはなかつたし、健康に異常が認められた者もいなかつた。

35  被告銀行湯河原寮の従業員は当時八名であり、右の者全員につき、三回の検便と健康調査が行なわれたが、検便の結果は、いずれも腸チフス菌陰性であり、また、昭和四九年一二月以降軽いカゼ程度の病気にかかつたものはいたが、高熱を発したり、勤務を休んだりした者は見当らず健康に異常が認められた者もいなかつた。

36  神奈川県防疫対策本部は、右湯河原寮に宿泊した者の中に本件腸チフスの集団発生の感染源者がいたと仮定した場合、その者が右寮に滞在した期間としては、集団発生の状況から考えて、同年二月七日から同月二〇日までの間が可能性が高いとの見解のもとに、その間の宿泊者三八九名全員につき健康調査及び一回の検便を実施することにした。しかしながら、実際に宿泊した者と宿泊名簿上の氏名とが異なつていたり、また、右調査を拒否する者がいたりして実施できたのは二九一名(前記綿貫を除く。)であつた。右二九一名の者の検便の結果はいずれも腸チフス菌陰性であり、健康状態に異常が認められた者もいなかつた。

37  右対策本部は被告水道組合の水道水が感染経路であるという想定のもとに、右水道の水源に立入つた者や、被告水道組合の関係者の中に感染源者がいないかどうかの調査を行つた。

被告水道組合の水源である国鉄新幹線城堀隧道内への立入者については、本件腸チフスの集団発生の状況から、同年二月九日から同月一六日までに右隧道内に立入つた国鉄職員六名、工事関係業者七九名、合計八五名の者に対し検便の実施を指示した。しかし、右工事関係業者については、その詳細の把握が困難であつたため検便の実施を断念し、結局国鉄職員六名の者の検便が実施されたにすぎなかつた。その結果はいずれも腸チフス菌陰性であつた。

被告水道組合関係者については、水道施設に立入つた水道技術者ほか一四名のものにつき検便を実施したが、いずれも腸チフス菌を検出しなかつた。

38  その他、右対策本部は種々の多数にのぼる(住民の検便等)感染源探索活動を行つた。もちろん右対策本部が行つた検便等の探索活動は、保菌者からの排菌が間歇的に起こる場合があり一、二回の検便によつても菌が検出されない場合があるから完全なものとはいえないが一応の根拠とはなりうるものであつた。右探索活動によつても結局感染源となりうるような腸チフス患者は発見されなかつた。

39  昭和五〇年八月四日国立予防衛生研究所副所長をはじめ、本件腸チフス集団発生の防疫に携わつた重立つた者が集つて、感染源、汚染箇所、感染経路等について検討がなされた。右会議においては、九九パーセントの確率で水系感染であり、九五パーセントの確率で本件溜枡が汚染箇所と考えられるが、感染源が誰であつたか、湯河原寮から排出された汚水の中に腸チフス菌が混入していたかについては不明という見解であつた。

40  また、神奈川県衛生部も昭和五二年二月本件腸チフスの集団発生につき集められた数々の資料を整理検討し報告書を公刊しているが、その中で本件腸チフスの集団発生は、水系感染によるもので、汚染箇所は本件溜枡部分であつたことは相当程度確実であるが、感染源が誰であつたか、湯河原寮から排出された汚水の中に腸チフス菌が存したか否かは不明との見解をとつている。

八以上認定したところにより本件腸チフスの集団発生の原因感染経路、汚染箇所、汚染源について検討する。

1(一)  本件腸チフスの集団発生は、ファージ型E1の腸チフス菌によつて惹起され右菌種の腸チフス菌を罹患者が摂取したことによつて発病したものと考えられる。ところで、腸チフスは一般論として人を感染源とし、保菌者か罹患者が排出した腸チフス菌を直接摂取するか、菌に感染された食品、または、飲料水を摂取することによつて罹患するものである。右のうち直接感染については本件腸チフスの集団発生に関連があると考えられる腸チフスの罹患者は一一二名、疑わしい症状を有する者は八名、合計一二〇名にもおよんでおり、これらの者のすべてが、同一菌種の腸チフス菌に面接接触しそれを摂取したことなど考え得べくもないから否定されるべきである。

(二)  次に間接感染のうち、食品関係についてであるが、腸チフスの媒体になりうると考えられる主な食品二〇品目、及び湯河原町の食品販売店一〇一店舗につき、有意差検定が行なわれたにもかかわらず、患者群と非患者群との間に有意差が有るものはなかつた。また、右品目以外の食品については調査されていないが、その食品の中に腸チフスの媒体になつたものがあつたと仮定すると、その食品は本件腸チフスの発生区域である湯河原町城堀、土肥地区の一部(被告水道組合の給水区域)に主に販売されたものか、または、右区域内に主に販売する販売店で汚染されたかのいずれかでない限り、右区域に居住する者の中から大多数の腸チフス患者が発生している理由を説明し得ないと考えられるが、そのような事情は見当らない。また、右区域内で行なわれた行事で提供された食品が媒体となつた可能性については、本件腸チフスの集団発生に関連があると考えられる患者の推定暴露日(昭和五〇年二月六日から同月一五日までの間)が含まれている昭和五〇年二月中に右区域内で行なわれた行事は同月二四日になされた葬儀、忌中払いの一件のみであり、右日時は腸チフスの暴露が考えられる期間と一致していないし、また、本件腸チフスの集団発生において腸チフスに罹患したものの推定発病日は同月二一日から同年三月一八日までであつたから、暴露と発病までの潜伏期間を考慮すると、これとも合致しておらず、右葬儀忌中払いに出席した者を中心に腸チフス患者が発生しているものでもないから否定される。そのほかに食品につき本件腸チフスの集団発生に関連があるものはみつかつていない。それゆえ食品が媒体になつた可能性は否定さるべきである。

(三)  次に飲料水についてであるが水道水を除く牛乳等販売されている飲料水の汚染については、右飲料水の中で前記地域のみに限つて販売されていたものがあつたとは考えにくいし、右地区内の特定販売店における汚染も右飲料水の通常の販売形態や前記有意差検定によつて患者群と非患者群との間に有意差がなかつたことから否定される。

(四)  水道水については、本件腸チフスの集団発生に関連があると考えられる腸チフス患者一一二名、疑わしい症状を有する者八名、合計一二〇名のうち一〇三名の者が被告水道組合の給水区域内に居住しており、湯河原町の他の水道事業体の給水区域においては集団発生を見ていない等から他に腸チフスの媒体があつた等水道水によることを否定する特段の事情のない限り水系感染と考えるのが相当である。

(五)  そこで、水系感染を否定しようとする見解について考察するに、まず、本件腸チフスの集団発生における腸チフス患者及び疑わしい症状を有する者の被告水道組合が供給する水道水との関連についてであるが、給水区域内に居住する一〇三名の者については、水は日常生活に必要不可欠なものであるから関連性は極めて強いものであると言わねばならないし、右区域外の湯河原町に居住する一四名の者のうち、右水道水との接触の可能性が強いと認められる者は一〇名、比較的関連があると認められる者二名、多少の関連性が認められる者一名、不明の者一名であり、湯河原町外の患者について関連性が認められる者一名、不明の者二名であり結局不明とされる者は三名にすぎない。また、右関連性は腸チフス罹患後に保健婦等により事情聴取されたところによるのであり、右事情聴取は、本件腸チフスの集団発生において罹患者が腸チフス菌に暴露したと考えられる期間から少なくとも一か月を経過した後になされたものであるから、記憶が不十分であり関連性が判明しなかつたとも考えられるし、湯河原町外の罹患者は暴露期間内に湯河原町を訪れており、いずれも同一菌種の腸チフス菌により腸チフスに罹患しているのであるから、右不明の者についても、関連性があると認められる者と同一の事由により腸チフスに罹患したものと推測するのが妥当である。それゆえ関連性が不明である者がいることをもつて水系感染であることを否定する根拠とはなし得ないものというべきである。

次に、本件腸チフスの集団発生においては、昭和五〇年三月一三日から同年七月二日までの長きに亘り腸チフス患者が発見されているが一過性の強い水道において、このようなことが起り得るかである。過去に水道水を媒体とした腸チフスの集団発生事例も見られるし、本件腸チフスの集団発塩における腸チフス患者の中には無症の保菌者もおり、腸チフス患者と診定されるまでにかなりの時間を要した者もいたと考えられるから、腸チフス患者の発見期間が長きに亘つているからといつて、水道水が媒体であることを否定し得るものではない。また、右腸チフス患者の推定発病日は同年二月二一日から同年三月一八日までのほぼ一か月に亘つて分布しているが、右腸チフス患者が摂取した菌量の多寡、右の者の腸チフス菌に対する感受性の強弱により差が生じたものとも考えられるし、本件においては五日間ほどの期間を置いた重複暴露が最も疑わしいが、一回の暴露の可能性もあるというのであるから重複暴露であれば発病までの期間に差が生じるのは当然であるし、一回の暴露であつたとしても右推定発病日から判定される暴露日は同年二月六日から同月一五日までに亘つており、右期間水道水が腸チフス菌に汚染され続けていたとも考えられるし、汚染期間がそれほど長いものではなかつたとしても、汚染箇所から各家庭の給水栓までの距離の差、腸チフス菌の水道水中における滞留時間にある程度幅があつたと考えられること等から、推定発病日が約一か月に亘つていたことをもつてしても水道水が媒体であつたことを否定し得るものではない。したがつて、水道水が一過性が強いものであることは水道水が媒体であることを否定する根拠とはならないものというべきである。

次に、被告水道組合の水道水中から一匹の腸チフス菌も発見されていない事についてであるが、右水道水が神奈川県防疫対策本部等に供されたのは昭和五〇年三月一四日であり、本件腸チフスの集団発生において腸チフスに暴露されたと考えられるのは同年二月六日から一五日までの間であり約一か月の間があいているし、また、同年一月一八日から同年二月一七日までの被告水道組合の総給水量は二万五八四八立方メートルで、一日平均給水量八三四立方メートルであり、本件配水池の有効容量は一五〇立方メートルであつたから一か月間に亘つて腸チフス菌が水道水中に滞留していた可能性は少ないし、仮に考えられるとすると右期間において腸チフスに感染する者があつたはずであるが、そのような事情は認められず滞留していたことと矛盾する。

また、被告水道組合の水道施設によつて同年二月中に給水されたと考えられる給水区域内の各家庭に存した冷蔵庫の氷、金魚鉢の水から腸チフス菌は検出されていないが、二月中に給水されたものであることは保存していた住民の記憶に基づいておりそれほど正確なものとは言えないし、右検体が腸チフスに暴露されたと考えられる同年二月六日から一五日までの間に採取されたものであるかについては不明であるし、腸チフス菌が氷の中や金魚鉢の水の中でどの程度生存するものか判明しておらず、死滅した可能性も考えられる。したがつて、被告水道組合の水道水中から腸チフス菌が検出されなかつたことをもつて水道水が媒体であつたことを否定する根拠とすることも妥当ではない。

次に、被告水道組合の給水区域中本配水池から自然流下によつて給水される区域に大多数の腸チフス患者が発生していることについてであるが、本件配水池の海側の水槽の水はほとんど滅菌されておらず、この滅菌されていない水が右区域に給水されていたし、他の給水区域には別の箇所に本件配水池の山側の水槽からポンプ揚水により導かれた水と水源からの水を入れる三〇〇立方メートルの配水池があり、そこで滅菌のうえ給水されていたのであるから自然流下による給水区域に大多数の患者が発生していることをもつて水道水が媒体であつたことを否定する根拠となし得ないことは明らかである。

右のほかには、被告水道組合の水道水が媒体であつたことを否定する特段の事情は見当らない。したがつて、本件腸チフスの集団発生は水系感染と考えるのが合理的である。

2(一)  そこで、次に、被告水道組合の水道施設における汚染箇所について考察する。

まず、被告水道組合の水道施設のうち本管と呼ばれるものについてであるが、本管の水源は国鉄東海道新幹線城堀隧道底下を流れる地下水であり、右隧道外のものであつたから、右隧道内が腸チフス菌で汚染されていたとしても(これは否定される)その汚染が右地下水を汚染する可能性は極めて少ないと考えられる。右地下水が右隧道底下に至るまでの間に他の場所で汚染されていた可能性については、右隧道の位置、附近の状況から右隧道より高い位置に腸チフス菌に汚染されていると考えられる場所がある等、地下水の汚染を示唆する特段の事情がない限り汚染はなかつたとするのが相当であるが、本件に現われた一切の事情を勘案するも右特段の事情は認められず本管の水源の腸チフス菌による汚染は否定されるべきである。

また、水源から本件配水池に至るまでの間については、水源から横抗出口まではヒューム管により、横抗出口から本件配水池までの間は地下に埋設された石綿セメント管によつて導水されていたが、その間に汚染があつたことを示す事情は見当らないし、本件配水池までの間にある制水弁が少ししか開かれておらず、その状況は本件腸チフスの集団発生における腸チフス患者が感染したと考えられる期間においても変りがなかつたと考えられ本管による導水は少量であつたこと等を勘案すると右の間に汚染があつた可能性も少ないものというべきである。したがつて、本管について汚染箇所はなかつたことに帰する。

(二)  次に、被告水道組合の水道施設のうち余水と呼ばれるものの経路について考察する。

(1) 水源  余水の水源は前記隧道内に湧く地下水であり、右地下水は上りと下りの線路の間(右隧道の中央)にある鉄筋コンクリート製の通路の下に設けられた水路に集まり右水路により、大阪側出入口から外に排出されるが、その一部を余水として使用しているものである。この水源における汚染としては、(あ)右隧道の立入者、(い)新幹線の車輛等からの汚染が考えられ、汚染可能箇所としては、(イ)清掃用マンホール部分、(ロ)水路の溜枡部分、(ハ)通路に開口している余水の取入口部があり、その他の可能性としては右地下水が右隧道に達するまでの間に汚染されたことが考えられる。しかしながら、地下水が隧道に達するまでの間の汚染の可能性は、本管に関すると同様の理由により否定されるし、右(い)の可能性については新幹線の車輛の屎尿、雑排水の処理方式から同じく否定される。次に、(あ)による(イ)、(ロ)、(ハ)からの汚染については(イ)部分には鉄製の蓋が、(ロ)部分には鉄筋コンクリート製の蓋がなされており、この部分が開放されていたり、破損箇所があつた等の事情は見当らないから隧道内の通路を歩行するものによつて右(イ)、(ロ)部分から汚染が起つたとは考えにくい。(ハ)からの汚染については昭和五〇年三月一八日に行なわれた右隧道の立入検査によると、(ハ)部分及びその附近の通路、線路は乾いて清潔な状態であつたし、(い)部分及び大阪側出入口部分から採取された水からも(ハ)部分附近で採取した石からも腸チフス菌が検出されていないのであるから一応汚染の可能性は否定されるものといわねばならない。もつとも右隧道内に同年二月九日から同月一六日まで立入つた総数八五名の者のうち検便がなされたのは六名にすぎないし、水路を流れる水から腸チフス菌が検出されなかつたことも、右水路における腸チフス菌の滞留時間がそれほどあつたとも考えられないから、右推測はそれほど強いものではない。しかしながら、〈証拠〉によると腸チフスに罹患した者のうち保菌者になるものの率は数パーセントにすぎず、腸チフスに罹患するもの自体が少ないことが認められるから、右隧道に立入つた者八五名のうち保菌者がいた確率は極めて少ないものといわねばならないし、仮にいたとしても、その者が(ハ)部分において排便排尿を行なつたと仮定することも通常の事態とは言えず少ないものといわねばならない。また、右八五名の中には清掃等の目的で(イ)、(ロ)の部分に立入つた者がいたと考えられるが、その数は限られていたと考えられるしその中に保菌者がいた可能性は極めて少ないというべきである。それゆえ他に可能性にとどまらず前記推測を妨げ、余水の水源における汚染を示唆する具体的事情が認められない限り水源における汚染は否定されるべきであるが、本件に現われた一切の事情を斟酌するも右事情を認めることはできない。

(2) 城堀隧道横抗出口附近  右横抗出口については、前記認定の状況であり、右出口から横抗内に立入が出来たとは考えられないし、右隧道内の余水の取入口から右出口までの導水管に破損箇所があつた等汚染を示す事情は見当らないから、右出口における汚染の可能性は少ないと考えられる。また、横抗出口外にある分水囲はコンクリート製で、その上部は鉄製の蓋がされ、施錠されていたし、右施錠を外すことができたと考えられる被告水道組合の関係者から保菌者は発見されていないし、右分水囲に破損箇所があつた等汚染を示す状況も見当らないし、右分水囲から採取された水からも腸チフス菌は検出されていないのであるから汚染の可能性は少ないといわねばならない。それゆえ他に汚染があつたことを示す特段の事情が認められない限り汚染はなかつたと考えるべきであり、本件に現われた一切の事情を考慮しても右特段の事情を認めるに足りない。

(3) 本件溜枡部分  本件溜枡部分については昭和五〇年三月一九日湯河原寮の浴場の湯を放流したところ本件溜枡内に湯気が立込め切れ目なく雫が垂れ落ちているのが目撃され、右に続いて本件溜枡部分を覆つていた舗装をはがし土砂を取除くと町道山口線から湯河原寮に向つて右寮の汚水の排水管から左側部分の側溝、側壁が欠落しており、側溝から約五センチメートル離れた本件溜枡の上蓋には排水管の下から同方向に向つて同じく左側にかけ削つた形跡が認められ、その部分はぼろぼろで壊れやすく、削られた部分の一部には幅一〇センチメートル前後、長さ三〇センチメートル前後の穴があいていた。排水管自体には破損はなく、排水管と本件溜枡の交差部分で排水管の上部に接着して残置された管があり、排水管と側溝の接着部と思われる所には前記欠落した部分においても、右排水管にコンクリートの付着が認められ以前には右欠落部にも側溝が存したと考えられる。昭和四五年七月初めになされた湯河原寮の排水管設置工事の内容は排水管を本件溜枡と交差させ、側溝と右排水管の接点においては、右側溝を削り、削つた部分に配管し、原状回復するというものであり、右工事がなされた後、前記調査がなされるまでの間本件溜枡部分が掘削された形跡は見当らないというのである。以上の事実に本件に現われた一切の事情を総合考慮すると次の事実を推測できる。

湯河原寮の排水管設置工事の際、削つた側溝につき排水管の回りの一部の側溝は原状回復したが、一部は欠落したまま放置されたが、一応全部原状回復がされたがその工事が粗雑で一部間隙があつたか、その双方または一方が原因で、側溝内を流れる汚水が、右間隙または欠落部分で側溝外に排出された。

そして右汚水は、右工事の際の土砂の埋戻しが不十分であつたか、汚水が排出されるたびに侵食されたか、その一方または双方及び側溝と本件溜枡の距離がわずか五センチメートルしか離れていなかつた等のことが原因で密度が粗くなつていた土砂部分を浸透し本件溜枡部分に達した。

右溜枡の上蓋は前記工事の際削られ穴をあけられたか、削られた所が薄くなつたため自然の侵食作用により穴があいたか、いずれにせよ削られたことが原因で穴があいたため本件溜枡内に流れ込んだ。

その他本件に現われた一切の事情を考慮しても他に右推測を妨げるに足りる事情は見当らない。したがつて、本件溜枡部分から腸チフス菌が入つた可能性がある。

本件溜枡の横(本件配水池寄り)にある溜枡については、右溜枡はコンクリート製で、上部は鉄板で蓋がされ施錠もされていたし、破損部分があつたが内部まで及ぶものではなかつたし、昭和五〇年三月一八日に行なわれた食塩水の散布テストによつても異常はなかつたのであるから、他に汚染を示す特段の事情がない限り汚染はなかつたものというべきである。ところで、右溜枡部分から採取された水から大腸菌が発見されているが、前記のとおり本件溜枡部分に汚水が流入していたことが認められるのであるから、このことは本件溜枡の横の溜枡に汚染があつた指標とすることはできない。他に本件に現われた一切の事情を勘案するも特段の事情を認めることはできない。

(4) 本件溜枡から本件配水池に至る導水管  右部分の三本の導水管は、町道山口線の側溝に沿つて、その上部に設置され、右管の上部には所々に直径五ないし一〇ミリメートルの穴があいていたこと、急性期の腸チフス患者の便一グラムの内には一〇〇〇万匹以上の腸チフス菌が存するとされること、それ故、右穴に達するほど腸チフス菌を含んだ汚水が流れたり、右穴の周辺が腸チフス菌に汚染されていて、かつ、水道の使用量が多い場合圧力の関係で腸チフス菌が右穴から吸引されることが考えられること、本件腸チフスの集団発生における腸チフス罹患者が腸チフス菌に暴露したであろうと考えられる期間が昭和五〇年二月六日から同月一五日までであつたこと、右期間において六日に多少の、七日に三〇ミリリットル前後の、一四日に多少の降雨があつたこと、右期間において湯河原寮の浴場の湯が放出されたのは一〇日であつたこと、本件腸チフスの集団発生に関連があると考えられる患者で、本件配水池から自然流下による給水区域及び水道水と関連が深いと考えられる東京都在住の藤倉清貴が右期間内で湯河原町を訪れたのは九日と一四日であつたこと、同年一月一八日から同年二月一七日までの被告水道組合の一日平均の給水量は八三四立方メートルで本件配水池の有効容量の5.5倍強の水道水が使用されていること、本管の導水管の制水弁が全開二〇回転の所2.5回転ぐらいしか開かれておらず本管の水は少ししか本件配水池に流入していなかつたこと等を総合考慮すると、他に汚染を否定する特段の事情がない限り、右穴から腸チフス菌が混入した可能性はあるものというべきであり本件に現われた一切の事情を斟酌するも右特段の事情は見い出せない。

(5) 本件配水池  本件配水池については、右配水池の天井、側壁、床部分は全てコンクリート製で水位計が壊れていたほか破損部分はなく、清掃用のマンホールの蓋も施錠され、水槽の水が外部に露出した箇所はなかつたのであるし、また、右配水池に立入り右施錠をはずすことができた被告水道組合の関係者につき検便がなされたが、腸チフス菌は検出されず保菌者は発見されなかつたのであるから、他に汚染を示す特段の事情がない限り本件配水池での汚染はなかつたと考えるべきであるが、本件に現われた一切の事情を斟酌しても右事情は見当らない。

(6) 本件配水池以下の部分  本件配水池から自然流下により各家庭に至る部分については、右部分の水道管の大部分は地下に埋設されており地表面に露出した部分において汚染箇所は発見されていないのであるし、断水があつたか否かについては、不明確であるが、断水が原因であるとすると腸チフス菌を吸引した箇所及びその下流域で患者が発生すると考えられるが本件では本件配水池から自然流下による給水区域の一部ではなく全域にわたつて患者が発生しているのであるから、他に汚染を示す特段の事情がない限り右部分における汚染はなかつたものとすべきであるが、本件に現われた全ての事情を勘案しても右事情は見出せない。

以上のほか本件に現われた一切の事情を斟酌するも、被告水道組合の水道施設につき、右に検討した以外の部分につき汚染が可能であつた箇所は見出せない。したがつて、被告水道組合の水道施設のうち腸チフス菌が水道水に混入したと考えられる箇所としては、本件溜枡か本件溜枡から本件配水池に至る導水管ということになる。

3  そこで感染源について検討する。

第一、第二事件原告らは、昭和五〇年二月一二、一三日の両日湯河原寮に宿泊した綿貫新吾が、同寮の宿泊者、または、従業員の中に腸チフスの保菌者か罹患者がいて、その者が本件腸チフス集団発生の感染源となつたと主張する。しかし、右綿貫は右寮に宿泊した当時腸チフス菌を排出したとは考えられず、右綿貫の家族や勤務先の者について行なわれた検便、健康調査によつても腸チフス菌陽性の者も健康に異常があつた者もいなかつたし、湯河原寮に同月七日から同月二〇日までに宿泊した三八九名のうち二九一名の者につき検便及び健康調査がなされたが腸チフス菌陽性者、健康異常者も発見されていないのであるし、同寮の便所の浄化槽及び同寮から町道山口線の側溝に排出された未消毒と思われる汚水からも腸チフス菌は検出されなかつたのであるから右原告らの主張は否定される。もつとも同寮の宿泊者の全部につき健康調査及び検便がなされたわけではないし、同寮の便所の浄化槽及び同寮から町道山口線の側溝に排出された汚水から腸チフス菌が検出されなかつたことも、右浄化槽における屎尿の滞留時間が短く、また、本件腸チフスの集団発生において、腸チフスに罹患した者が菌に暴露したと考えられる期間から右汚水の採取の日まで約一か月の間があつたから、その間に全て流出したか、死滅したという説明も可能であり、以上の観点から、前記否定はそれほどの合理性は有しないとも言いうる。しかしながら、前にも検討したとおり腸チフスに罹患すること自体がまれであり、その中で保菌者になるものは数パーセントにすぎず同寮の宿泊者等の中に腸チフスの保菌者または罹患者がいた確率は極めて低いものといわねばならない。したがつて、同寮の宿泊者等の中に腸チフスの既往歴を有する者がいた等、前記原告らの主張を基礎づける積極的事実が認められない限り右主張は否定されるべきである。

そこで、右原告らが同寮の宿泊等の中に感染源者がいたとする根拠について検討するに、右原告らは、本件溜枡への汚水の流入は町道山口線の側溝に右寮から排水管により多量の汚水が排出がされた時に起こることをもつて根拠としている。しかしながら、被告水道組合の水道施設において汚染可能な箇所としては、本件溜枡のほか、本件溜枡から本件配水池に至る導水管についても考えられ、また、右側溝から、本件溜枡に汚水が流入する過程は前記のとおりであるから多量の汚水が右側溝内を流れた場合顕著ではあるがその場合に限らず、小量の汚水が流れた場合にも汚染は考えられるし、右側溝は同寮の汚水のみならず、他の民家等からの汚水も排出されていたと考えられ、湯河原寮の関係者以外の者が別の場所で排出した腸チフス菌が右側溝に流れ込み、それが本件溜枡内に入つたことも考えられ、右可能性にくらべ湯河原寮から排出された汚水中に腸チフス菌が混入していた可能性が特に高いということもできない。それゆえ前記原告らの主張は前提が異なり、湯河原寮の宿泊者等の中に感染源となつた者がいたという根拠とはなり得ないというべきである。

その他本件に現われた一切の事情を考慮するも、右原告らの主張を基礎づけるに足る事情は見当らない。

以上、感染源、汚染箇所、感染経路等に関して検討したことをまとめると、感染源者が誰であつたか、感染源者が排出した腸チフス菌がどのようにして町道山口線の側溝に流れ込んだかは不明であるが、右側溝内に存した腸チフス菌が、本件溜枡か、本件溜枡から本件配水池に至る導水管か、その一方または双方から、余水内に混入し、本件配水池における海側の槽の滅菌が不十分であつたため滅菌されないまま、自然流下による給水区域に給水され、それを飲んだ者の一部が腸チフスに罹患したものということになる。

九1  同4の事実中、第一、第二事件原告らと被告水道組合との間において被告水道組合が、水源から関係住民に飲料水を供給するための導水管、溜枡、配水池等の水道施設を所有、占有し、これが土地の工作物であることは争いがない。

ところで、民法七一七条にいう土地工作物の瑕疵とは、その物が通常有すべき安全性を欠いていることを意味し、水道施設においては、外部からの汚染を防止し、殺菌等を十分に行なえる構造を有し基準を越える細菌、化学物質が含まれない飲料に適する水を供給できる性能を有することが必要であると解するを相当とする。これを被告水道組合の水道施設について考えるに、右争いのない事実及び前記理由七で認定した事実によれば、本件溜枡の上蓋及び本件溜枡から本件配水池に至る導水管には穴が開いていて、その一方または双方から町道山口線の側溝中を流れる汚水及び右側溝中に存した腸チフス菌が余水内に混入し、本件配水池に運ばれ、本件配水池においては、山側と海側の水槽をつなぐ連絡管がほとんど閉じられていたため、山側の水槽で施こされていた塩素滅菌の効果が海側の水槽の水には及ばなかつたか、あるいは山側の水槽に滅菌装置を設け、山側と海側の双方の水槽の水を連絡管により対流させる方式では海側の水槽の水は十分滅菌されなかつたため、この滅菌されない水が給水区域に給水され、本件腸チフスの集団発生が起つたと考えられる。

したがつて、本件溜枡の上蓋及び本件溜枡から本件配水池に至る導水管は外部からの汚染につき無防備なものであつたし、本件配水池は滅菌を十分に行なえる性能を有していたとはいえず、いずれも水道施設としての安全性を欠いていたというべきであるから被告水道組合は第一、第二事件原告らが右瑕疵によつて被つた損害を賠償すべき責任がある。

2  これに対し、被告水道組合は本件配水池及び右配水池内の滅菌装置は監督官庁の検査を経たメーカーの製品を設置したものであり瑕疵などなかつたし、仮にあつたとしても、それは本件配水池の構造自体の瑕疵であり製造メーカーの責に帰すべきものであると主張する。しかしながら、監督官庁の検査を経ていたとしても滅菌等が十分行なえる性能を有しない限り瑕疵を有するものというべきであるし、また、民法七一七条の土地工作物責任は土地工作物に存する瑕疵が誰によつて作られたものかは問わず、その工作物の所有者であることによつて課せられる無過失責任と解すべきであるから被告水道組合の右主張は採用できない。

また、被告水道組合は、湯河原寮の排水設備設置工事につき何らの通知も受けていなかつたし、右工事後本件溜枡部分の上部地表面がコンクリート舗装がされていたから湯河原寮の汚水の排水管と、本件溜枡が交差していることなど知り得なかつたし、右排水設備を設置した工事人によつて本件溜枡の上蓋が削られて穴を開けられ、余水が汚染されていたことは認識不可能であり期待可能性がない旨主張する。しかしながら、民法七一七条の土地工作物の所有者の責任は、土地工作物の瑕疵の存在につき所有者に過失があつたか否かは問わないと解すべきであるから期待可能性を考慮すべき余地はないというべきであるし、仮に考慮すべきものとしても本件においては毎日の水質検査を行なつていれば、容易に余水の汚染を発見し、その原因をたどれば汚染箇所を発見し得たものというべきであるから期待可能性がないとはいえない。

一〇同4の事実中、第一、第二事件原告らと被告銀行及び補助参加人との間において湯河原寮の汚水の排水施設である排水管等が土地工作物であり、被告銀行が占有、所有するものであること、被告水道組合の水源から関係住民に飲料水を供給するための導水管、溜枡、配水池等の水道施設が土地工作物であり、右被告が占有、所有していること、本件配水池の構造が右原告ら主張のとおりであり山側と海側の水槽を対流させることにより配水池全体の滅菌を行ない得たこと、当時右二槽間が閉塞状態で放置されており、海側の水槽の水は滅菌されないまま自然流下で給水されていたことは争いがない。

ところで、民法七一七条にいう土地工作物の瑕疵とは、その物自体が本来具えているべき安全性を欠くことを意味し、汚水の排水施設については、汚水を途中で漏出することなく、その処理施設等に送り込める性能を有していることが必要であると解するを相当とするが、その排水施設の構造、場所的環境等により要求される性能も異なると考えられるから当該排水施設に瑕疵があつたか否かは右諸般の事情を考慮して具体的、個別的に決定されるべきものである。そこでこれを本件について見るに、前記理由七で認定した事実によれば湯河原寮の汚水の排水管と、本件溜枡とは交差していたのであるから汚水が町道山口線の側溝に排出されるまでの間において、右排水管から漏出し、本件溜枡内に混入しないような性能を有することが必要であるが、湯河原町における下水道、屎尿処理施設は整備されておらず、各家庭の台所、浴場等から出る雑排水、便所の浄化槽から出る汚染等は側溝や小河川により海に流されるというものであり、本件町道山口線の側溝も右のために利用される側溝の一つであつたから、一旦右側溝に排出された汚水については、右側溝に間隙がありそこから漏出した汚水が本件溜枡内に混入することを防止できる性能まで必要とせず、本件においては排水管に破損等がありその部分から汚水が漏出し本件溜枡内に侵入したのではなく、側溝に間隙または欠落部があり、そこから漏出した汚水が混入したものであるうえ、本件においては、腸チフスの感染源が誰か、感染源が排出した腸チフス菌がいかなる経路で右側溝内に入つたかは不明であり、湯河原寮の排水管を通つて腸チフス菌が右側溝に入つたとも認められないから湯河原寮の排水施設の設置または保存に瑕疵があつたとすることはできない。したがつて、第一、第二事件原告らの被告銀行に対する請求はその余の事実を判断するまでもなく理由がないことに帰する。

一一損害

1  入院雑費

第一事件原告らが腸チフスに罹患したことにより入院した状況、入院日数等は前記理由五で認定したとおりであり、同所記載の各証拠及び本件に現われた諸般の事情を考慮すると、右原告らの入院雑費は、その入院期間中少なくとも一人一日金五〇〇円の割合によるのが相当であり、右各原告らの各合計額は別紙「認容損害金額一覧表」記載の右各原告らに対応する「入院雑費」欄記載の各金額であり、右各原告らは同額の損害を被つたと認められる。

2  付添費

第一事件原告らのうち、原告番号8番、同18番、同19、同28、同50、同54番、同58番、同69番、同70番、同71番、同89番、同92番、同96番、同101番、同102番、同127番の各原告らは、入院中の付添費を求めているのでこれを判断するに、右各原告らの入院状況、入院日数、症状等は前記理由五で認定したとおりであり、右認定事実及び同所記載の各証拠によれば次の事実が認定でき、これを覆すに足りる証拠はない。

右各原告らはいずれも、第一回目の隔離入院期間において別紙「第一事件原告ら認定入院状況一覧表」の右原告らに対応する「隔離入院」欄中の「付添日数」欄記載の日数、付添看護を受け、また、右各原告らのうち、第一回目の隔離入院以前において腸チフス罹患により入院し、その期間において付添看護を受けた者は、原告番号8番、同28番、同50番、同70番、同89番、同96番、同120番の各原告であり、その日数は同表の右各原告らに対応する「通常入院」欄中の「付添日数」欄記載のとおりであり、また、第二回目の隔離入院期間において付添看護を受けた者は原告番号54番、同101番の各原告であり、その日数は同表の右各原告に対応する「再隔離入院」欄中の「付添日数」欄記載のとおりであつた。

そして、付添費を求めている前記各原告らが付添看護を受けたのは、いずれもその症状、医師の指示等によるものであり、また、付添看護をした者はいずれも右各原告らの近親者、または、親しい友人であつた。

以上によれば、右各原告らが受けた付添看護は腸チフスの治療のために必要なものであつて、被告水道組合は右各原告らが支出した付添費用を賠償すべきものである。

そこで、その額について検討するに、右各原告らの症状、付添の状況等本件に現われた諸般の事情を考慮すると、一人一日金二五〇〇円の割合によるのが相当であり、右各原告らの付添費の各合計額は別紙「認容損害金額一覧表」の右各原告らに対応する「付添費」欄記載の金額となり右各原告らは同額の損害を被つたと認められる。

3  交通費

第一事件原告らのうち、原告番号2番、同19番、同31番、同70番、同71番、同100番、同101番、同102番、同126番の各原告らを除くその余の原告らは、病院への交通費の支払を求めているので判断するに、前記理由五記載の各証拠によれば右原告らのうち通院、入院付添看護等治療のために必要な交通費を支出したと認められるのは、原告番号28番、同46番、同54番、同89番、同90番、同96番、同118番の各原告らであり、その支出した金額は別紙「認容損害金額一覧表」の右各原告らに対応する「交通費」欄記載のとおりであり、右各原告らは同額の損害を受けたものと認められる。その余の各原告らについては、前記各証拠によれば治療のためではなく見舞のために支出したものであり、右各原告らが腸チフスに罹患したことにより通常生ずべき積極損害とはいえない。

4  慰藉料

(一)  第一事件原告らが腸チフスに罹患したことに対する慰藉料

請求原因5(四)(1)の事実中、第一事件原告らが腸チフスに罹患したことにより精神的苦痛を被つたことは右原告らと被告水道組合との間に争いがない。

ところで、右各原告らが被つた精神的苦痛は右の者が置かれた生活環境等により異なるものであるから一律には判断できず個別的に検討を要するものであるが、右各原告らの精神的苦痛についての主張は、右各原告らに全て共通のものばかりではないことはその主張自体から明らかであり、右当事者間に争いがないことをもつて直ちに慰藉料を算定し得るものではない。そこで、右各原告らにつき個別的に腸チフスに罹患したことによる精神的苦痛を検討するに、右各原告らの入院状況、入院日数、症状等は前記理由五で認定したとおりである。そして、その他、右各原告につき、個別的にその者の社会的な地位、家庭における役割、退院後の状況、その者が腸チフスに罹患したことに対する社会の反応、その者の家族に及ぼした影響等本件に現われた一切の事情を斟酌すると、右各原告らが筆舌につくしがたい精神的苦痛を被つたであろうことは容易に推測し得、右各原告らが被つた精神的苦痛を癒すための慰藉料としては「別紙認容損害金額一覧表」の右各原告らに対応する「慰藉料」欄記載の金額とするのが相当である。

なお、第一事件原告らは、右原告らが腸チフスに罹患したことによる慰藉料を罹患したこと自体に対するもの、第一回目の隔離入院に対するもの、第二回目の隔離入院に対するもの、重症であつたことに対するもの等に分け別個に金額を算定して請求しているが、本件に現われた一切の事情を考慮しても別個に賠償の対象としなければならないほどの事情は見出せない。

(二)  第一事件原告らが腸チフスに罹患したことによる第二事件原告らの慰藉料

第二事件原告らが第一事件原告らと請求原因2(三)記載の身分関係を有し同居していることは第二事件原告らと被告水道組合との間に争いがなく、また、請求原因5(四)(2)の事実中、第一事件原告らが腸チフスに罹患したことにより第二事件原告らが精神的苦痛を被つたことも右当事者間に争いがない。しかしこのことから直ちに慰藉料を算定し得ないことは前記理由一一4(一)で判示したとおりである。そこで第二事件原告らが被つた精神的苦痛につき個別的に判断することにする。

ところで被害者の身体傷害につき、一定の近親者に慰藉料請求が認められるのは、被害者が生命を害された場合に比肩する精神的苦痛を受けた場合に限られると解される。これを第二事件原告らにつき個別に検討するに、第一事件原告らの入院状況、入院日数、症状等は前記理由五で認定したとおりであり、その他本件に現われた一切の事情を考慮しても、第二事件原告らが被つた精神的苦痛の多くは一過性のものであつて、第一事件原告らが生命を害された場合に比肩する精神的苦痛を受けたものと認めるに足りる事情は見出せない。したがつて、第二事件原告らの被告水道組合に対する第一事件原告らが腸チフスに罹患したことによる慰藉料請求は理由がない。

5  汚水を飲んだことによる慰藉料

第一、第二事件原告らは、被告水道組合及び被告銀行に対し、被告水道組合が給水した汚水が混入した水道水を飲んだことによる慰藉料を求めているのでこれを判断する。まず右原告らが被つた精神的苦痛についてであるが、被告水道組合の余水に本件溜枡部分及び本件溜枡から本件配水池に至る導水管に開いた穴から町道山口線の側溝を流れる汚水が混入していたことは前記理由七で認定したとおりである。しかし、本件全証拠によるも本来防火用水の施設である余水がいつから水道用に使用されるようになつたのか、いつから汚水が余水内に混入するようになつたのか、汚水混入の頻度、量、混入した汚水内に含まれる細菌、化学物質等の人体に有害なものの量、被告水道組合の給水量との関係で各家庭に給水された水道水中に含まれる有害物質の量等は判明せず、また、汚水の混入した水道水を飲んだことにより健康を害した者がいたことも認められない。それゆえ給水された水道水が飲料に適していたか否かについては判明せず、それらの諸事情にその他本件に現われた一切の事情を斟酌するも、第一、第二事件原告らが汚水が混入した水道水を飲んだことにつき慰藉料の賠償を求めるに足りる精神的苦痛を被つたと認めるに足りる事情は見出せない。したがつて右原告らの前記被告らに対する汚水を飲んだことによる慰藉料請求はその余の事実を判断するまでもなく理由がないことに帰する。

6  弁護士費用

第一事件原告らが本件訴訟の提起、遂行を弁護士たる第一事件原告ら訴訟代理人に委任したことは、本件記録上明らかであり、本件請求の内容、事案の困難さ、訴訟の経過、審理期間、認容割合等本件に現われた諸般の事情を考慮すると別紙「認容損害金額一覧表」の「弁護士費用」欄記載の各金員をもつて、右原告らが被つた損害とするのが相当である。また本判決が確定した場合、右各損害金の支払を求め得、確定の日から右各損害金につき遅延損害金が発生することは当然である。それゆえ右各原告らは、弁護士費用相当の各損害金につき本判決の確定した時から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

一二結論

以上判示したところによれば、被告水道組合は第一事件原告らに対し民法七一七条により別紙「認容金額一覧表」の「認容金額」欄記載の各金額及びその内同表「弁護士費用以外の部分」欄記載の各金額に対する本件訴状送達の日以後であることが記録上明らかである昭和五一年六月九日から、その内同表「弁護士費用」欄記載の各金額に対する本判決確定の日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、右原告らの右被告に対する本訴請求は右限度で理由があるからその限度で認容し、その余の請求、第二事件原告らの右被告に対する請求、第一、第二事件原告らの被告銀行に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法九三条、九二条、八九条に、補助参加によつて生じた費用の負担については同法九四条、九二条、八九条に、仮執行宣言については同法一九六条に従い、主文のとおり判決する。

(下郡山信夫 松井賢徳 姉川博之)

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